ことの葉

◎ 紫舟『春宮秘画』展中止 ◎

2025年10月31日

開催を予定しておりました紫舟「春宮秘画展」を楽しみにお待ちくださっていた皆さまには、開催中止となりましたことを、心よりお詫び申し上げます。

芸術の力と、明治以来の社会規範とのはざまで、主催者様、そして私たち紫舟アトリエも、実現に向けて誠実に尽力してまいりましたが、その想いを形にすることは叶いませんでした。

 『わいせつか、芸術か。』

紫舟が「春画」という主題に取り組んだのは、
日本で長く続いてきた「わいせつか、芸術か」という不毛な議論に、私たちの世代で終止符を打ちたいという願いからでした。

刑法第175条――140年前、明治の道徳をもとに制定されたこの旧法が、いまもなお現代芸術表現に影を落としています。私たちは、この古い価値観の呪縛を見つめ直し、次の世代へ、自由で健やかな創作環境を作りたいと考えています。

その志を胸に、
あえてリスクを伴う「春画」という領域に踏み込み、新しい視点で挑み、浮世絵の輪郭線や版ズレ、版画の美を再構築した「春宮秘画」として結実させてまいりました。

紫舟の「春画」シリーズには、露骨な性描写はありません。直接的な性器の表現もありません。絵の中の身体を構成するのは髪と口、それら以外の大部分はマーブル模様や白に近いベージュのベタ塗りの面として描かれ、一見では何を描いているか判別しにくい抽象表現です。
その前に吊るされる墨蹟彫刻は、女性の顔・足の指・輪郭の曲線美で揺らぎを表現し、絵と重なり合うことで初めて鑑賞を生む芸術作品です。

これらの作品は、すでに国内外で多数展示されており、警察への事前相談のうえ、年齢制限を設けずに公開されてきました。

今回の展示にあたり、開催の約一か月前に「18禁の明記」を求められました。

私たちは、主催側の立場やご懸念を理解しつつ、年齢制限を設けずに展示できるよう、誠実に提案を重ねました。
それでもなお、いずれも受け入れられることなく、「春宮秘画」展の実現には至りませんでした。

  いま、静かに問いかけたい。

なぜ、実際にはわいせつな表現を含まない作品にまで、
「18禁」という烙印が押され続けてきたのか。

この問いは、対立のためではなく、文化の成熟を願うものです。
芸術祭という公共の場が、社会に“表現の扉”を開く存在であってほしい―
その想いは今も変わりません。

もしこの議論が「春画がわいせつかどうか」という表層にとどまるなら、
それは明治時代の価値観に私たちがいまも縛られ続けていることになります。

芸術は、争うためのものではなく、
人に刷り込まれた常識や概念、制約に対し“疑問”の種をまくものです。

ときに痛みを伴いながらも、
思考を拡張し、常識を越える新しい視座をもたらす。
その瞬間こそ「芸術の醍醐味」であり、
芸術祭が存在する本来の意味だと信じています。

文化の成熟を願い、
次に「春宮秘画展」をお届けできる機会には、
芸術の未来へとつながる“対話のはじまり”となるよう、
これからも全力を尽くしてまいります。
今後とも温かなご理解を賜れましたら幸いです。

この度の中止を、心よりお詫び申し上げます。

        紫舟アトリエ

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